怒りが世界を変える

怒りが世界を変える時代になってきたと思います。
「怒り」というと、日本人は感情を露わにすることをとかく嫌う人種で、東日本大震災においても冷静な対応が世界から驚愕され賞賛されました。
日本人は怒りを露わにする人を嫌います。恥べきことと思っています。

では大人しくして分かる人に任せていればいいか? というとそうではない、ということが分かって来ました。
最近では中東のアラブの春といった民主化運動、ギリシャ大規模ストライキ、中国の女児轢き逃げ無関心事件による自国批判、日本の反原発デモ、TPP反対デモなど、民衆の怒りによってなにかが変わる、または変わる兆しを見せています。

私は今の世界を変えるキーワードは「怒り」だと思っています。
怒りといっても暴力とは違います。
「このままじゃダメだ!」という大局観によるものです。

ではどうして怒りが世界を変えることになるのかというと、普通のまともな方法では変えようがないからです。
例えば民主的に投票や多数決で決めるとします。
これは至極まっとうな方法のように思えます。
ところが、民主的な手段が必ずしも民主的な結果を導き出すとは限らないのです。

なぜかというと、差し戻しが難しいからです。
例えば、ある時点で可決されたことを差し戻して白紙に戻すには、同様の手段で可決されなければなりません。

つまり、多数決で決められたことは、多数決でないと覆せない原理があるのです。
同じメンバーで多数決を行えば、条件が変わらない限り大抵は同じ結果になります。
多数決が覆る時は、大抵は問題が発生した後で、後手になり手遅れです。

過半数で可決の場合は、最大49:51で可決されます。
つまり、初期に問題の重要性が指摘されていたとしても、それに賛同する人達が51%に達しないと覆らない、ということです。

例えば、虫歯で初期に治療していれば治るものを51%に達しないと治療がはじまらないとしたら、大ダメージですよね。1%とか3%の初期治療が大事だと認識していても、民主的には小事と思われてしまうのです。

多数決で決まったことが、時代の流れで現実にそぐわなくなった時、その当時に想定されていた前提を見直し、議論を差し戻さなければならないのです。
ところがこれが難しいのです。

例えば、ある前提を元にして決まったケースAがあるとします。
このケースAを前提として、ケースBが決まったとします。
後に時代が変わり、ケースAは時代にそぐわなくなったとします。
しかし、ケースBは今も通用します。
こういう演繹的な多段式の決定というのはよくあります。
問題はある前提が崩れると大変にまずいことになることです。

ケースBに問題がなくても、ケースAが問題になると、前提としているケースBにも問題が波及します。
これはまるで親の責任は子供にも、に似ています。

前提という地盤が崩れると、その上にあるものは全て雪崩のように崩れてしまうことになります。
今世の中に決められていること、というのは必ずなにかしらの前提やら基準があり、そこから議論がスタートしています。
そして、お互いが破綻しないようにバランスをとっています。

しかし、積み木のように何かを前提とした結果をどんどん重ねていくと、いびつになって崩れやすくなります。
誰が悪いというわけではなく、時代の流れということが多いのです。
単体で見れば妥当なことでも全体としては不要である、ということは多々あります。
ここは正しいように思うけれど、ここは具合が悪い、というような斑状に症状が出ます。

いっそ白紙にして大前提から組み直せればいいのですが、民主主義というのはそう簡単には行きません。
過半数で可決の場合は、最大49:51で可決されます。
悪化している初期に対処できればいいのでしょうけれど、51%以上の賛同が得られなければ改善されないのです。

議論しているメンバーにも文脈があります。
○○推進派と名乗って当選した議員は、立場上反対意見に賛同するわけには行かない、という理屈もあったりします。
柔軟に対処しようにも、マニュフェスト違反だと非難されれば路線変更は難しいのです。

民主的な手段が必ずしも民主的な結果を導き出すとは限らないのです。
これは民主的な手段にリアルタイム性というかオンタイム性がないことが原因だと思います。
結果に民意は反映させることはできるけれど、現在を反映していないのです。
民主主義は過去を代表するが、未来を見通すものではない、ということです。
意味分かるでしょうか?

世界各地で様々な問題が起きていても、中々それが解決できないのは、そもそもその国の人々が決めたことの結果なのです。
問題を解決できないのは、問題が問題には成り得ないからです。

専制政治であれ先軍政治であれ、その独裁を当初に支持したのは民衆です。
自分達が決めたことが後に問題になっている場合、結局、自分達が間違いだった、と認めることでしか差し戻しはできないのです。
政府だけを責めて自分達は被害者という立場でしか物事を理解しないと、問題が問題には成り得ないのです。

なぜかというと、そもそも自分達がその問題を作ったからです。
自分達といっても数世代前に決めた当事者が現役でなくなれば、それは別人という考えもあります。
多数の死傷者が出ることで、問題の大きさに気が付くことになります。

ただの民衆と政治指導者になる人の違いは、代替案や対案を持っているか? だと思います。
民衆の多くは文句は言うけれど、自分が当事者になるという当事者意識に欠けています。

つまり、どうすればいいか? という解決案とそれを実行に移す行動力と信念を持ち合わせていない、ということです。
当事者意識に欠けるということが、後々それが高度な丸投げであることに気が付かないのです。

くわえて、現政権は丸投げしてくれるようにプロパガンダを行います。
どうあれ我々は仕事は忙しいし、やりたいことはしたいし、面倒はごめんだしで、なるようにしかならないのです。
口は出すけれど手までは中々出ない。てへぺろです。

とはいえ、代替案や対案を持っていない無学だからといってそれでいいわけではありません。
嫌なものは嫌だし、間違っているものは間違っていると言わなければなりません。そうしないと何も変わらないからです。

ただし、ある程度多段式に決まってしまったものを簡単には覆すことはできません。
これを許してしまうと、市民の権利は大きく低下することになるからです。
前述した通りです。

そこで登場するのが「怒り」です。
多数決が民主主義的であるならば、国民が怒っている、反対しているというのもまた民主主義的です。しかも直接的です。

多数決で一度決まったものを差し戻す逆の方法は、今まで多数決だと思われてきたけれど、実はそれは「怒り」なんだよね。
怒りという直接的な意思表示は代替案や対案を提示しないけれど、議論をボタンを掛け違いした時点まで戻してくれる可能性があります。
その後は、再度多数決で決めればいいわけです。

間違った前提のまま、仮説に仮説を重ねて物事が決められて行く、という継ぎ接ぎだらけのなし崩しの民意を避けるには怒りしかありません。
怒りが世界を変えるのです。
今後、日本でも怒りによるデモがどんどん流行ると思われます。
今は国民が怒らないから知事達が代わりに怒っている状態です。

では、怒りによるデモがうまく行くかというとそうではありません。
やはり犠牲を伴います。デモの本場アメリカは、怒りによるデモが非常に効果的であることを知っているようです。
そして、どうやら怒りによるデモが拡大することをずっと前から予測していたようです。

例えば、FEMAキャンプというのがあります。
FEMAとはアメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency of the United States)の略称。通称は強制収容所です。

FEMAキャンプについては日本のマスコミではほとんど報じられておらず、ネットを中心に情報が出回っています。
FEMAキャンプは非常に巨大な強制収容所で、家族単位で収容できるのが特徴です。

つまり、市民を一度に大量収容できることを意味しています。
そして、その用意があることを意味しているのです。
当然、どうして? なんのために? という疑問が沸き起こります。

巨大な強制収容所が存在するということは、将来多数の人が問題を起こすだろう、ということです。
アメリカ政府はいつどんな理由で起こすのかを知っているのかもしれません。
興味がある人は動画がいくつか上がっているので見て下さい。

アメリカによる不穏な動きはまだあります。
NSA (国家安全保障局) のデータセンターです。
このデータセンターは10年も前から20億ドルという大金をかけて作られていて、その巨大さは米国連邦議会議事堂の5倍、ホワイトハウスの18倍あると言われています。

▼NSA は常にあなたが犯罪者でないか監視している

▼NSAのことを報じる動画(英語)

どうしてデータセンターにこれだけの巨大さが必要かというと、世界中のネットワーク上に流れる全ての情報を保存するためだといいます。
もちろん日本もです。
財務情報、株式取引、企業情報、外国の軍隊と外交の秘密、法的文書、機密情報などの情報が含まれた暗号化通信の解析も行うといいます。

今日本ではビッグデータと呼ばれる、個人の行動履歴の利用が本格化していますが、それをさらに進めてプライバシーを丸裸にしたようなものだと思えばいいでしょう。

▼ビッグデータとは何か

例えば、どこの国のセレブがどこどこで買い物をした、なんていう個人的な情報もこのデータセンターに保存されることになります。秘密丸裸です。
名目は国家の安全を守るためで、個人のプライバシーは尊重するということだと思いますが、世界中のネットワーク上に流れる全ての情報を保存するというのはただごとではありません。

もしNSAがハッキングされて個人情報が流出したら世界最大の個人情報流出事故になるでしょう。

今、Googleがもっともインターネット上の情報を保存していると言われてはいますが、インターネット以外のネットワークは基本的に対象外です。

これがどれだけ本気かは分からないが、こんなことがありました。
英国人カップルがアメリカへの入国を拒否され、長時間事情聴取された後に強制送還に遭ったというもの。
ことの発端はカップルがツイッターで発言した内容だといいます。

発言内容に「destroy(破壊する)」という単語が含まれていたそうですが、これはイギリスの若者の間で「パーティする/楽しむ」のスラングだったという。
英国人カップルはアメリカでdestroyするという発言をしていたのですが、意味としては、アメリカでハメを外して楽しむ、ということになります。

原文はこうです。

「free this week for a quick gossip」
「prep before I go and destroy America? x」

この発言により強制送還にあい、問題が発覚しました。

▼「ツイッターで入国拒否」騒動でわかった米政府のSNS検閲


このことからもアメリカ政府は市民の怒りが政府に及ぶことを極端に恐れている気がします。
つまり、市民が怒るような秘密を政府が握っている可能性があります。
何年も前から「怒りが世界を変える」ということに気が付き恐れていたのかもしれません。

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