ネット右翼と行き過ぎたネット民主主義

今年の夏、反韓流が話題になりました。

フジテレビの韓国系の偏向報道に対してデモが起きたのは記憶に新しいと思います。

ツイッターで高岡蒼甫がマスコミの韓国系コンテンツの増加について批判をしたところ事務所を解雇されたことをキッカケに、ネットで大論争を巻き起こしたのです。

ついにはフジテレビの大手スポンサーである花王商品の不買運動にまで発展し、騒動後はレビューが掛けるアマゾンでは明らかに花王製品に対するマイナスの評価が目立つなど、ネットの民主主義の影響力を裏付けています。

さて、このネットの民主主義なのですが、市民運動の意識の高まりというわけではなく、その裏にはネット右翼と新たな広告メディアの存在が見え隠れします。

ネット右翼を知らない人も多いと思いますので簡単に説明すると、ネット上で右翼的な発言をする人のことを指します。略されてネトウヨとも言われています。

右翼というと愛国者、ナショナリズムという意味合いがあり、主に第二次世界大戦時に日本が掲げていたアジア圏統一とその正当化を活動にする団体というイメージがあると思うのですが、ネット右翼の場合はもっとカジュアルです。

ネトウヨは愛国者ではなく、どちらかというと法令遵守とその監視なのです。

例えば、未成年が飲酒をしていたとします。それをツイッターで不用意に書きこんでいたとします。ネトウヨはそのような小さな法令違反に対して、執拗に追求をし、問題を拡大していきます。

個人情報を調べ上げて電話で関係各者に違反者の違反内容を伝えて、問題を極大化したりもします。

この傾向は三年ほど前から増加し、mixi、ブログ、ツイッターなどでは不用意な発言の揚げ足を取られた個人から有名人まで様々な人が炎上(問題が表面化)しています。

就職内定を取り消された学生も多くいます。

ところで、右翼に対しては左翼という言葉があります。

左翼というのは、日本から観た反日本勢力を意味します。

例えば、在日の方々が外国人にも参政権を持たせろ、という要求は左翼的です。

米や牛肉を自由化しろと要求するのも左翼的です。

もともと左翼というのは、政治においてはより平等な社会を支持する層を意味します。対して右翼は昔ながらの保守的な日本にありがちな、なぁなぁの階級社会層です。左翼はそのような階級差別社会に対する急進的で革新的な変革を求める過激派(リベラリスト)を意味しています。

例えば坂本龍馬は左翼でした。

ここで大事なことは、ネトウヨというのは実はネット右翼ではなく、ネット左翼だということです。面白い事に右翼というのは究極的には左翼になってしまうのです。左翼も究極的には右翼になってしまうのです。

なぜなら、現政権というのは、常に元左翼だった人たちが右翼として君臨しているからです。

ネット右翼は法令遵守=日本の治安を保守する、という目的から逸脱し、今の日本にはこれだけ法の抜け道があるよ、ということを暴露し共有したい人たちなのです。なので決して正義とか義憤に駆られてという動機ではないのです。

例えば、ネットの著作権問題があるとします。昔から曖昧でソフトや音楽・動画をコピーする人はたくさんいました。

これがある段階で禁止され、厳罰が課せられるようになります。

逮捕者が出たりもします。

これに対して「悪いやつは他にもまだいる!」と皮肉と怒りを込めて逆切れをしているのがネトウヨなのです。

「ここにまだ悪いことを平気で暴露している奴はいるが、こいつは放っておくのか?」という事例を示して、問題を極大化しているのです。

問題が大きくなると良いことは、必ずグレーゾーンが狭まることです。

グレーゾーンが狭まると大物が網に掛かりやすくなります。

例えば、ソフトの違法コピーを厳罰化すると、ソフトを違法コピーしている個人が次々と暴露されて行き問題が大きくなります。社会的に問題が大きくなった頃、違法コピーを推進している大物が実は違法コピーの常習犯だった、というニュースが明るみに出るわけです。

この矛盾に対して社会がどう反応するかがポイントになります。

もし違法コピー推進派が実はコピー常習犯だということが分かると、謝罪または問題の揉み消しが行われます。もし揉み消しが行われれば、実は違法コピーは違法ではなかったと言えるし、もし謝罪となればやはり違法ではなかったという手掛かりが得られます。どっちに転んでも違法コピーの議論を差し戻す機会となりネトウヨは有利になります。

これはあくまでも譬え話ですが。

ネトウヨが騒げば騒ぐほど、「ごねた方が得」がという勝ちパターンを見出していきます。

実はこれは政治における与党と野党の関係でも見られるし、マスコミにおける真実と偏向報道という関係にも見られるのです。

例えば。マスメディアの偏向報道ですが、日本の首相や大臣の軽率な発言をいつまでも攻め続けます。確かに良くないことかもしれませんが、他に報道する大事なことがあるはずだし、攻め続けることでその発言の害悪以上のものを発生させてしまっています。その執拗さは異常とも言えます。

根底に「強い者叩き」は良いことだ、という考えがあるはずです。

ではどうして「強い者叩き」をするのかというと、その方が面白く話題性があるためです。話題性があるということは視聴率が上がるので広告収入も増えることになります。本来、真実を正しく報道しなければならないマスメディアが偏向報道に走るのは不景気による広告収入低減に原因があります。

突っ込んだ取材をする余裕がないのもかもしれません。

少ない予算で大きな効果が得られることをマスコミは安易になんでもやるようになって行ったのです。

ネトウヨも似たような構造を持っています。

ネトウヨがネット上の些細なことを極大化し、社会問題にまで発展させると、そのことがニュースとして取り上げられます。

あるいは、既に報道されたニュースでおかしなことがあれば重箱の隅をつつきます。

このネット上の活動は広告収入目当てのブロガーによって広められることになります。具体的には匿名の巨大掲示板を使ってネトウヨが騒いだ発言を抽出し、「まとめ」として分かりやすく編集され、ブログに引用されます。

ブロガー自身が執筆したわけではない、という言い逃れもできます。

編集されると前後の文脈があってもカットされてしまい、本来の意味が薄れてしまう危険性があります。編集では面白いところだけが抽出され強調される傾向にあります。複雑な背景や枝葉末節は理解力の妨げとなるため、省略されてしまいます。

匿名の巨大掲示板の書き込みは匿名であるため著作権が曖昧です。

引用しても誰も文句は言えないフリーコンテンツなのです。

広告収入目当てのブロガーは、フリーコンテンツでかつ、現在進行形で人々が非常に強い興味を持つネタを常に探しています。その方がアクセス数が増える為です。

ネトウヨの個人的な活動が、ネット上の広告収入目当てのブロガーによって全体の意見としてまとめられ、やがては全体主義にまで発展し、世論まで動かすようになるという構造があるのです。

最近ではネットを超えてデモにまで発展するようになっています。

これは新しいネットの民主主義のようなものです。

ただ問題は、マスメディアもネトウヨもその周囲には常に広告がまとわりつくことです。

例えばテレビ局ではスポンサーから巨大なCM予算をもらっていれば、そのスポンサーが不祥事を起こしても、真実を報道しにくいですよね。

スポンサーは自社に有利な報道をさせるために、効果があまりないとわかっていてもテレビCMを止められないという背景があります。

韓国系コンテンツが日本のテレビに食い込んできたのは、韓国が国策として韓国系コンテンツを輸出しているからです。韓国系コンテンツは安くてそこそこ質が良く、プロモーションでの金払いがいいのです。

悪く言えるわけがないのです。

そう考えると、マスメディアもネットも信用に欠けると言えます。

スポンサーや広告収入と無関係な外国メディア(左派)の方がよほど日本についての情報を正しく伝えていることもあります。

最後にどうして「ごね勝ち」なのかですが、日本は古来より稟議制と合議制で意思決定をしていたことが要因だと思います。

稟議制というのは、稟議書というようにA→B→C→Dと案件が回され稟議されて行きます。回覧板のようなもので、回覧途中で気に入らなければ次に回すことをやめれば、その案件は無効となる、という制度です。

合議制は全員一致でものごとを決める制度です。その反対が独裁制です。

日本の社会は独裁制を非常に嫌います。なので、物事を決めると言えば、稟議制や合議制が基本となります。

非常に慎重であり、公正さ、民主的正統性が担保されるのですが、リーダーシップを発揮し辛いのです。物事をひとつ決めるにも時間が掛かり過ぎます。

多くの案件と迅速性を求められる国際社会になってからは、日本的意思決定が国策に不利に働くようになっていったのです。

アメリカの辺野古基地移設やTPP参加の議論が前に進まないのは、そもそも民意と国益が矛盾しているからです。

野党議員がことあるごとに与党議員に噛み付いて話が前に進まないのは、稟議制や合議制の弱点をうまくついているわけです。

一人でもごねれば合意に達しない、というジレンマです。

これはある意味、消極的独裁制とも言えます。

では、ごねる人にとっての対抗策は何かというと、「嫌なら出ていけば?」という排他的圧力です。そもそも日本の国土は限られているので、できるはずがないのです。だから結局は渋々ながらも、協力をしなければならないのです。

そのような前提と単一民族の絆があるからこそ最後は一丸となられるのです(ヘタすれば玉砕ですが)。

しかし、「嫌なら見なければいい」や「嫌なら買わなければいい」というのは、非常に強力です。これまで消費社会を煽り頼ってきた日本社会において「嫌消費」という現象は起こるはずがないと思われていました。

ところが、現実に起こるようになったのです。

マーケットは嫌いになられると困るのでデレに走るようになり、ツンデレの関係となります。

そういった意味でネトウヨが騒いでいるうちはまだ安心です。

なぜなら、そのバックには広告収入があるからです。

デモが起きている間は、日本はまだ元気です。

「嫌なら見るなは嫌だ!」みたいなことを主張しているからです。

男性が露出の高い女性ファッションに対して「けしからん(笑)」と騒ぐのは正常な成人男性の証ですが、「キモイ」と言い始めたら危険です。

本当にヤバイのは広告を出すスポンサーさえいなくなることです。

デモを報道するメディアが存立できなくなると、デモという示威行為ではなく直接的で過激な行為にエスカレートするようになります。

世界経済崩壊後は日本でも見られる光景かもしれませんよ。

【引用元 goo イメージサムネイル】

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