世界人口70億人へと不老不死時代の資源争奪戦 後編

前回は、全般的に富裕国では人口が減少し、貧困国では人口が増大する傾向にある、という話をしました。

富裕国では少子高齢化が進み、先進医療の発達によって長寿化が進みます。
一方で貧困国では乳幼児死亡率が高いため出生率が高くなっています。
また発展が著しい新興国では、生活レベルが改善されてかつての日本のように「産めや増やせや」で人口が増大しています。

人口が増大し続けると問題になるのは、資源の問題です。
国連人口基金(UNFPA)のババトゥンデ・オショティメイン事務局長によると、「世界には人口が減少している地域があり、そこでは生産性などが懸念されている。

そして人口が急速に増えている場所があり、そうした国の多くは移民や貧困、食の安全保障、水の管理や気候変動など、われわれが注意を喚起すべき問題を抱えている」と述べています。

この先50年以内に人口は90億人~100億人に増えることが予想されており、その増え方は緩やかなカーブではなく、急激な上昇なのです。
つまり、今のうちから舵取りをしておかないと、昔のようにゆるやかな人口増加ではないため、あっという間に制御不能に陥ってしまうのです。

人口の増加は産業革命以降、機械化が積極的に導入されたことによって、生産性が著しく向上した時代に端を発します。以降、小麦の大量生産が人口増加を支え、爆発的人口増加が続いています。
と同時に、瞬く間に資源が消費されて行き、特に80年代後半には森林資源の枯渇が問題視されるようになりました。

世界各地で都市化が進むにつれ、土地を確保するために森林は姿を消していきました。
緑は雨水をスポンジのように保水する働きをしています。その機能が失われた結果、砂漠化が進み水資源が枯渇するという事態が起きはじめています。

水資源が枯渇すると農業や工業に影響が出ます。
特に工業では半導体や液晶製造の工程で何万トンという純水が必要となってきます。精密機器は基盤を洗浄する際に水を使うのですが、不純物が含まれているとショートしてしまうため純水が必要になります。
クリーンな水資源は必須なのです。

また新興国では先進国のための工場や農場がたくさんあり、外貨を稼ぐために国策として森林を伐採し農地を拡げ、工業地帯を乱立させています。
その結果、CO2の排出量が増え続け今年は観測史上トップ10入りする暑さだったことが報告されています。

▼時事通信 気温、史上10番目の高さ=北極海氷は最小規模に-世界気象機関
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201111/2011112900790

二酸化炭素を吸収してくれる森林資源が減る一方で、二酸化炭素を排出する工業が盛んになっているというわけです。
産業革命以降二酸化炭素は増え続け、温暖化は留まることを知りません。

温暖化が進むとどうなるかというと、各地で異常気象が現れます。
今年は既に日本でも異常気象が観測されています。新潟県や三重県では異常な集中豪雨による大水害が起きています。

異常気象はまだら状で発生すると言われています。
ある地域では熱波が襲い、またある地域では寒波が襲うというように、温暖化=暖かくなるだけ という単純なものではなく、海水温の上昇によって低気圧と高気圧のバランスが崩れ、異常な気象を作り出してしまうのです。
しかもそれは50年や100年に一度といった規模の災害が、毎年その地域で発生する可能性が年々高まっているのです。

▼世界各地の異常気象リスト

気象庁が提供するページです

地球温暖化の原因といわれているCO2の排出削減については京都議定書で決められており、今年は11月にCOP17(第17回気候変動枠組条約締約国会議)が開催されましたが、カナダが離脱を示唆するなど足並みは揃いません。

アメリカは排出削減を守れないと一早く離脱し、発展が著しい中国・インドも経済成長を阻害するとして守る気はないようです。
京都議定書は2012年までで、ポスト議定書の枠組みも決まらないのです。
大排出国がこぞって守る気がないわけですから、議定書の空洞化は避けられません。日本も復興のためにエネルギー政策の転換を迫られたこともあって、離脱を示唆しています。

異常気象については地球シミュレーターというスーパーコンピュータでのシミュレーションが警告を発しています。
それによると京都議定書で決められた5%の削減目標を各国が守ったとしても、100年後には4.2度上昇すると言われています。
4.2度というと大したことがないような気がしますが、あの広大な太平洋の海水が4.2度上昇することを想像してみて下さい。どれだけの温暖化か想像できると思います。

▼NHKスペシャル 気候大異変 異常気象 地球シミュレーターの警告

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予測では、海水温が1度上昇しただけでも気象は激しく変わります。
現時点でこれだけの異常気象が発生していることを考えると、京都議定書の削減目標を守らずに温室効果ガスの排出が続くと、毎日のようにアメリカを襲ったハリケーンがどこかで発生する可能性もあります。

異常気象と気候変動が起きると、どうなるかというと既に問題になっている農業や漁業に大きな影響が出ます。
海水温が上昇すると海流が変わり、それを利用する魚の生態も変化します。
南の方でしか獲れなかった種類の魚が、北の方でしか獲れなくなったりします。農業も温度に影響されやすく、農産物の北限や南限が変化します。

日本では亜熱帯化(温暖湿潤気候)が進んでおり、それとともに伝染病を媒介する昆虫が問題になります。気候が変わると今まで温度に耐えられなかった昆虫が耐えられるようになります。

そして、地球シミュレーターが示唆するように、各地で大型竜巻や異常降雨といった異常気象が頻発します。
するとどうなるかというと、タイの大洪水のように産業がままならなくなる地域が出てきます。

気候は国を超えて表れる現象で、それがまだら状に発生します。
毎年のように異常気象が発生すると、気候難民が発生します。
ある地域は平気で、ある地域は住めない、というような事態になるということです。じゃあ、住めない地域から住める地域に移動すればいいかというとそこには国境というものがあるので、簡単には行かないのです。
住める地域(ハビタブルゾーン)には人口が密集していくことになります。

人口増加に伴う食料不足、経済成長に必要な水資源の確保など争奪戦は激化していきます。
気候難民による世界的な人口動態により、「わが国では…」という国家単位の主張は意味を成さなくなる恐れは強いと思われます。

で、そうなるとどうすればいいか? という真剣な話し合いが行われるわけですが、その方法は基本的には多数決の民主主義です。
ところが、先進国と新興国で人口比率が極端に差がつくと、民主主義に偏りが生じるのです。

少子高齢化で少数派の先進国と、多子若年化で多数派の新興国とでは、選挙の小選挙区制や比例代表制のような偏りが生じるのです。
加えて気候難民問題が生じると人口分布がまだらとなり、公平感にも差がつきます。
単に多数派有効の決定だと人口増加が著しい新興国側有利になるのですが、経済的価値から考えると、少数派の先進国の意見もスルーできなくなります。

今より人口が増える近未来では、みんなが決めたことはおおよそ正しいという平均幸福度を図る民主主義では限界が生じるのです。
その理由は人間ひとりひとりが持っている基本的人権です。

基本的人権は人が人らしく生きる権利です。
この権利と多数決原理の民主主義というのは相容れない場合があります。
多勢の人のために個人は犠牲になるべきか? という問題を孕んでいます。
人が人々のためにあるのなら、逆説的に人は人々のためにはあらない、という矛盾が生じるのです。自己言及をするとおかしな話になるわけです。

例えば、頭と体があったとして、頭が指令を出して体を傷つけたとします。
ところが、体が勝手に動いて頭を傷つけるというのは釈然としません。
頭は常に体を支配しているという思い込みがあるからだと思います。
実際には、頭も体に含まれており、頭と体という概念は頭から見た都合でしかないわけです。

自己言及による矛盾を解決するには、自己と他者に分けるか同意を得るしかありません。多勢の人のために個人が犠牲になるとき、そこに個人の同意があれば可能かもしれません。

ところが、実際には難しいのです。
例えば、自分の爪があるとします。その爪は自分という個人の一部であることは確かです。爪は体の0.0001%を占めていたとします。

では、この爪を切ったら、99.9999%の自分と0.0001%の自分に分かれるかというと、釈然としませんよね。爪は切ったら、自己ではなくなります。ただの爪でありゴミとなります。爪は切るものと相場が決まっているからかもしれません。

では、指はどうでしょうか?
指を一本事故で失ったとします。それでもまだ平気です。
決して自分が自分と指の二つに分かれてしまった、という気分にはならないと思います。小さい自分がもう一人いる、ということにはならないと思います。

なぜならそこには指の同意というものがないからです。
ところが、脳を指一本分失うというのは心穏やかではいられません。
この違いです。

自己言及をしている主体が欠損すれば、自己言及自体にも欠損が生じるのは自明の理なのです。つまり、この矛盾を解決するには、自己言及の主体から言及するべき対象を外に出さなければならないのです。
当然、外に出てしまえば死人に口なしで、同意もクソもないのです。

話は戻って、人口増加によって資源争奪戦が起きると話し合いでの解決が難しくなります。前述したように民主主義が意味を成さなくなり、それに伴い基本的人権も守られないことが多くなってくることが予想されます。

我々は新たな大集団の意思決定方法の開発を迫られているのかもしれませんね。

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