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モバゲーグリー問題 その1 射幸心を煽るとはなにか?

ゴールデンウィークがあけてフランスのサルコジ大統領の敗北、ギリシャ総選挙での財政緊縮策への反対、そしてコンプリートガチャ問題の影響で、株式市場は大荒れとなりました。

▼コンプガチャは違法懸賞、消費者庁が中止要請へ
http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20120506-OYT8T00110.htm?from=yoltop

コンプリートガチャいわゆるコンプガチャ問題は今最も注目されているニュースだと言っても過言ではないと思います。
それなのにテレビニュースではあまり詳しく報道されていません。

というのも、コンプガチャで揺れるDeNA(モバゲー)とグリーは、テレビCMを見ないことはないほど広告宣伝費を投入してくれる大手スポンサーであり、株価が大きく下落してしまっている今、報道による追加ダメージを回避したいのが本音でしょう。

マスコミが大きく取り上げなかったにもかかわらず、株価が大きく下落した理由は2ちゃんねるの書き込みと拡散が原因だったと思われます。
ネット上で問題を極体化させることで、マスコミが無視できないトピックに仕上げてしまったからです。結果として株価は下落。
ソーシャルゲーム各社は大きな損失を計上しています。

その報復かは分かりませんが、5月10日の毎日新聞では以下の報道がなされています。テレビ局もこれに追随しています。

▼2ちゃんねる:違法情報5068件放置…全体の9割
http://mainichi.jp/select/news/20120510k0000e040166000c.html

このタイミングで大して進展のないニュースが報道されるのは出来過ぎています。これは牽制だと思われます。
2ちゃんねるの肩入れをする気はありませんが、報道の透明性に関わる問題だと思われます。

話をコンプガチャに戻します。

モバゲーとグリー問題は非常に根深い厄介な問題です。

表立っては、コンプガチャは景品表示法違反ということで消費者庁が動いています。

なにが違反なのか簡単に説明します。
カプセル入りのおもちゃが出てくる自動販売機をイメージしたガチャがあります。
1回数百円程度を払うとゲーム内で使うアイテムなどが当たる仕組みとなっています。
この仕組はリアルのガチャと一緒です。

購入者は、事前にどんなアイテムが購入できるか分かりません。
くじのように偶然性に左右されます。
ただし、リアルと違うところは入手確率と偶然性、そして確率調整の疑惑です。偶然性といっても担保はされていないのです。
本物のガチャであれば総数の減少が目で見て判断できるため、入手確率は試行回数に比例して上昇します。
つまり、その行動において確率が担保されているということです。

しかし、ゲームのガチャはデジタルでありプログラムであるため、偶然性は担保されていないのです。
なので100回チャレンジしたのだから、101回目は入手できるだろう、というわけではないのです。

逆に言えば、当たりの本数も理論上は無限なので、2回やって2回とも当たりが出ることも有り得ます。
また、景品表示に基づき、残りあと3本という表示があったとしても、それが本当かどうかというのはユーザーには計り知れないのです。
もしかして、絶対に当たらないようになっているのかもしれないのです。

今回問題になっているのはコンプガチャだけです。
問題は他にもあるのですが、とりあえず今問題になっているのはコンプガチャということに注意して下さい。

コンプガチャは購入できるアイテムのうち一定の組み合わせを揃えることができれば、より希少なアイテム(レアアイテム)を獲得できる、という仕組みです。
2011年頃から導入された仕組みで、これが高収益を生んでいるそうです。

収益比でみると、2008年に約49億だったものが2011年にはおよそ50倍の約2400億円規模にまで拡大しています。
同時に、国民生活相談センターに寄せられた苦情は、2009年の1437件から2011年には3439件と2.3倍に拡大しています。

ソーシャルゲームは基本的に無料ですから、採算の手段がなければビジネスが成立しません。採算の手段がガチャなのです。
言ってみれば、ソーシャルゲームの大躍進はガチャによるものだということです。

さて、仕組みを理解すれば、コンプガチャの怖さが分かります。
コンプリートをしなければ、手に入らないアイテムがあるとします。
入手確率は未知数です。入手確率は軍資金にもよりますが0~100%です。

消費者庁が問題視しているのは、入手できるかできないかが分からないのに、やってみてごらんなさい、いいことがあるかもしれませんよ(ただし手に入らなかった場合の保証はなく自己責任ですからね)と、煽っていることです。
これを射幸心(しゃこうしん)を煽ると言います。

射幸心というのは努力を必要とせず運のみで幸せを掴みたいという心理のことです。実力や経験は抜きにして、ただ運のみでビギナーズラックを願うというのは射幸心です。

では、射幸心を煽るというのはなにかというと、「努力を必要とせず運のみで幸せを掴みたくないですか?」と提案することです。確率の良い面だけを強くアピールすることです。

例えば、肌トラブルを抱える女性に化粧品を勧めるのは射幸心を煽る、と言えます。
一見、幸せになりたくないですか? と提案することは悪いことではないような気がします。やるかやらないかの自由意志も保証しています。
しかし、大きな問題があるのです。
それは、期待の前借りをさせてしまうことです。

期待というのは、「こうではないか?」という思い込みです。
思い込みというのは行動の原動力になります。

例えば、手を動かせばモノを掴める、というのは期待であり、それは行動をしてみるまでは分からないことなのですが、大抵はその通りになります。
期待値が高いのです。

人間は行動の前には必ず思い込みを発生させます。
脳内で「こうではないか?」という前段階があり、それがあくまでも脳内現象であり、現実が付随していないからこそ、そのギャップを埋めようとして行動が起きるのです。

そういった意味でいうと、人は思い込みのみで行動していると言えます。
自動車に乗る度に、事故に遭うのではないか? という恐怖を持つ人は稀で、いついかなることが起き得る可能性があるとしても、とりあえずは自分は事故に遭わないと暗に期待(確信)を持っています。

そのような思い込みがあるからこそ、実際には隕石が落下して死ぬことがあるにしても、自分がいかに気を付けていようと、もらい事故が防げない可能性があったとしても、恐怖におののくことはなく行動できるわけです。

どのようなことが起きるかはやってみなければわからないけれど、行動の動機付けのピークでは常に期待値は100%なのです。
どんなに悩んでいても、行動をする時は、瞬間的にはうまく行く(あるいはうまく行かないことがうまく行く)と思い込んでいるわけです。
この思い込みがなければ、人は無限の可能性に縛られて、あらゆる可能性を予測しようとして、行動不能になってしまいます。

思い込みが発生しているということは、脳内では現実化しているということです。
妄想と言うのかもしれませんが、妄想現実と現実に大差はないのです。
頭蓋骨の外の現象か、頭蓋骨の中の現象かの違いです。

話を期待の前借りに戻します。
行動する前に思い込みが発生しているということは、脳内に期待する現実のコピー(妄想現実)ができる、ということです。
行動をすることで妄想現実と現実にブレがなく統合できればいいのですが、必ずしもそうではない場合があります。それがクジなどの確率です。

自分が決め打ちで「こうだ」と思ってクジを引いても、確率によってその通りにならないことがあります。

例えば、無料のリスクなしのクジがあったとします。
当選すると100万円をもらうことができ、確率は50%だったとします。
このクジを引いて外れたとしても、そもそもは無料なので理論上は損はないことになります。
ところが、脳内では激しく損失の感情が発生する可能性があるのです。

なぜかというと、脳内に、クジが当たり100万円をもらえるかもしれない、という妄想現実のコピーがあるからです。
行動する前に期待をしてしまっている、ということは100万円を借り受けしているのと変わりがないのです。
既にもらったも同然と考えている場合、ハズレは盗まれたに等しい感情を抱かせるかもしれません。

実際に100万円を手に出来れば差し引きはゼロなのかもしれませんが、それが叶わないと、先に借入している分、損をしたと感じてしまうのです。
逃した魚は常に大きいのです。
これを意識しなければ目立たないコストということで、埋没費用またはサンク・コストと呼ばれています。

もうお分かりだと思いますが、射幸心を煽る、ということは脳内に妄想現実を作らせるということです。
成功体験をイメージさせることで、あたかも既に成功をしたかのような、あるいは成功が約束されているかのような感情を抱かせるのです。

ところが、いざやってみるとコンプガチャはクジであり確率なので、必ずしもその通りになるとは限らないのです。

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