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ついに発見!? 成功するネットビジネス 「名前空間と概念の拡張で存在感を示せ!」

前回、ネットで商品を安く仕入れられても、商品に何も手入れをしなければ価格の収斂が起きてしまう。
価格の収斂を起こさせないためには、商品をオンリーワンのセットアップものやミックスものに変える必要がある。

しかし、完全オンリーワンの商品を作ると検索にヒットしないという問題点がある。
というようなことを話しました。

そうです。正にここなんですよね。Googleなどの検索エンジン運営会社が、破格の利益を叩き出しているのは、検索でヒットしないものは、在っても、存在しないも等しいことに秘密があります。

在ることと、存在することは似ているようで違います。
在るというのはただ在るだけで、そこに存が付く事で、存在を認められた存在となるわけです。

存とは「存じます」とか「存じ上げます」というように、存在に気が付くことを意味する。

オンリーワンのセットアップものやミックスものを作り、名前を創造しても、あまりに斬新過ぎると検索にはヒットしない、というわけだ。
これはネットの話だけではなく、リアルもそうだ。
あまりにもそのものと掛け離れたネーミングは認知されにくい。

これは1位は記憶に残るけれど、2位は記憶に残りにくいことに似ている。
日本一高い山と世界一高い山は言えても、日本二に高い山と世界二に高い山を言える人は少ない。
世界二位の山は、日本一の富士山よりも標高が高くても言える人は少ないのだ。

これは名前空間という言葉で説明できる。
名前空間というとプログラムをやっている人にはお馴染みかもしれない。
名前にはそれに紐付けられた対象が存在する。
対象なくして、名前は存在しないんである。

問題は名前にしても対象にしても、オンリーワンではないことだ。
日本に佐藤さんと鈴木さんが数多くいるように名前に紐付けされた存在は多数ある。

逆に、ひとつの存在でも呼び方は多数ある。

名前は一次元的ではなく、平面的であり立体的なんだよね。
空間があるように、文脈や前後関係などで変化する。

名前はある存在を紐付けるために存在するから、基本的に二物を許さない。

例えば、住所に二義的な意味があると配達はうまくいかない。
銀行口座の所有者が二者いれば必ず喧嘩になってしまう。

そんなわけで、名前には立体という奥行きがあっても、それをうまく理解し管理できなければ使えない、ということだ。使えないということは、1対1の関係しか認識できないということだ。

だから、日本一高い山を言えても、日本二の高い山は言えない。
山に高さがあり、その山にはそれぞれ名前があるという概念を持たない者にとって、山は山。せいぜい自分の住んでいる近くの山か、日本的に有名な山ぐらいしか記憶に残らない。

例えば、鈴木一郎という人物は日本各地にいると思うけれど、イチロウと言えば、メジャーリーグで活躍するイチローを思い浮かべる人は圧倒的多数だと思う。
これは鈴木一郎という名前空間が狭過ぎて、第二、第三のイロチーが入りきれないことを意味している。

例えば、彼氏や彼女という名前空間は敢えて狭く取ってあることがある。
その空間に入れるのは、唯一絶対が求められるかもしれない。
そうしないと浮気になってしまうからだ。

つまるところ、我々というのは常に名前空間という陣取り合戦を行っているといっても過言ではない。
それに負けてしまうと、存在を認められない。
よくいるよね? クラスメイトで毎日欠かさず出席していたのに、存在感が薄くて、中々思い出せない奴。あれと一緒になってしまう。

ただいればいいというわけではない。
他者に「存知」られて初めて空間に存在するんだよね。
それまでは量子力学的には、霧状のモヤのような存在でしかない。

話はそれてしまったが、オンリーワンのセットアップものやミックスものを作ると同時に、それらが存在を認められるようなネーミングも考えなければならない、ということだ。
斬新過ぎず、ありきたり過ぎず、記憶に残り、存在を認められるネーミング。

例えば、前述した食べるラー油のネーミングは素晴らしい。
単に食べるラー油だとうれ無かったはずだ。
「辛そうで辛くない少し辛いラー油」としたことがヒットの要因だと思う。
略して「食べるラー油」なんだけれど、名前空間を確保できない場合は、名前自体に言いたいことを含めてしまうのが手っ取り早い。

名前自体にその特徴を示すキーワードを含めることで、略されても特徴だけは残ることになる。
つまり、省略されても存在感だけは残る。
そして、キーワードは既知のものであれば、理解も早いし、検索にもヒットする。

あるいは、サブネームやミドルネームを作るといい。
「あの○○○で有名な」とか「東北のアキハバラと呼ばれた」といったネーミングセンスだ。

名前にも一物一価の法則による情報価値の収斂は起きるんだよね。
日本人の子供におかしな名前が増えているのは、名前空間をなるべく確保させるためだと思う。

では、ここまでの話をまとめよう。

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