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引き寄せの法則 その7 原因が先か? 結果が先か?

前回は、世界は無限の可能性に満ちており、自分が望む可能性を現実化させるにはカタログを選ぶように選択すればいい、という話をしました。

リバーシ(オセロ)で説明すると理解しやすいと思います。

リバーシは8×8の盤面に二人のプレイヤーが白と黒の石を交互においていくゲームですよね。

盤面のマスの空いたところは白が来るか黒が来るかまだ未確定の状態であり、無限の可能性に満ちています。

知っての通りリバーシにはルールがあって、相手の石を挟むとひっくり返して自分の石にすることができます。

そして、どこにでも石を置けるわけではなく、必ず自分の石は相手の石を挟んでひっくり返せる位置に置かなければなりません。

空白のマスは白が来るか黒が来るか分かりませんが、ひとたびゲームが始まると、自ずと石が置ける場所が決まってくるので可能性が変化します。

ゲーム開始当初はもっとも可能性に変化がないのは四隅で、もっとも可能性に変化が生じるのは中央近辺となります。

なぜ可能性に変化がないのが四隅かというと、空白のマス目があるためです。

別の見方をすると四隅というのは空白のマス目が隣り合っています。

空白のマス目というのは無限の可能性に満ちている未確定の状態ですよね。

無限の可能性に満ちている未確定の状態同士が隣り合っているわけですから、その隣も無限の可能性に満ちている未確定の状態になるのは当然の理なのです。

「起きやすいことは起きやすい」のです。

0×0も0+0も結果は0なのです。

結局変化が生じるのは、変化が先にあった箇所ということになり、ゲーム開始当初ではセンター付近なのです。

リバーシは相手の石を挟んでひっくり返さなければならないので、必然的に自分の石が多ければ多いほど、空白のマス目を埋めることができます。

ただし、自分の石が多いからと言って、逆転されないわけではありません。

リバーシの面白いところは、石の置かれ方(状態)によって、また相手に石をひっくり返されるという可能性が高まるのです。

例えば、ほとんど白一色になるということは、黒の置き方によってはほとんど黒一色に塗り替えられる可能性が高まった、とも言えるのです。

この可能性をポテンシャル(潜在性)と呼びます。

リバーシの醍醐味は石の置き方よにっては、形勢不利な状態から一気に形勢逆転をすることにあるのです。

分かりにくいという人に別のアプローチで説明すると、自分で組み立てるタイプの模型があるとします。

この模型が壊れてしまう可能性というのは、組み立てる前より、組み立てた後の方が高くなります。

組み立てる前というのはパーツごとバラバラなので、言ってみればもともと壊れているような状態なので、これ以上壊れる可能性が低いわけです。

パーツがひとつに集約されて組み立てられていくと、強度の強いところ、弱いところという箇所(弱点)が生じて逆に壊れる可能性が高まるのです。

なぜならパーツを組み立てた模型の耐久性というのは、結局は寄せ集めたパーツそれぞれの耐久性に依存するためです。

ただし、壊れるポテンシャルを持った模型でも、パーツ単体できなかった機能が備わる可能性があります。

例えば、パーツを集めて車を作ったとします。車は「走る」という機能を持ちます。

この走るという機能は、車が壊れるというポテンシャルと表裏一体なのです。

車が壊れるというポテンシャルと交換に「走るという機能」が出現しているのです。

このことは、車を使っていると、やがてはパーツが消耗して壊れて動かなくなることで確認できます。

逆説的に、なにかの可能性を高めていくと、その可能性と逆のことが起きる可能性が高まるわけです。

お金持ちになりたいと焦るあまり、逆に貧乏になる人がいるのもこのポテンシャルのせいです。

車の例では、車が壊れて動かなくなったということは、車が走るという機能と交換に、もうこれ以上壊れるというポテンシャルが非常に低くなった、ということです。

当然ですよね。車を使わないのだから、消耗もしないし、壊れる要因がないのですから。

なんとなくポテンシャルというものが分かったと思います。

リバーシの話に戻ります。

ポテンシャルはプレイヤーの意思によって石が置かれると直ちに現実化(確定)します。ポテンシャルは白黒いずれか石が空白のマスを全て埋め尽くすまで存在します。

8×8の64マス全てが埋まるとポテンシャル、つまり可能性はゼロに確定するので、ゲーム終了となります。

この考えを適用すれば、自分の意思で隕石を引き寄せられる可能性と、自分の意思で手を持ち上げられる可能性に違いがあり、実現可能性にも差があることが少しは説明できそうです。

自分の意思で手を持ち上げられる可能性がただちに実現するのは、自分の意思の延長線上に手があるからです。肉体という延長にあります。

リバーシでいうところの石が置いてあり挟んでひっくり返せればどこでも置ける、ということです。

連続性があるため、起きやすいことが伝播して起きやすいのです。

一方、隕石はどうかというとリバーシでいう空白のマスによって隔たれているため、石を直ちに置くことができないと考えることができます。不連続なのです。

引き寄せの法則の真に面白いところは、「起きやすいことは起きる」という引き寄せよりも、「予言の自己成就性」にあるのです。

もう一度リバーシに戻って説明します。

リバーシは石を自由勝手に置くことはできないというルールがありましたよね。

でも、もし置くことができたらどうなるでしょうか?

開始早々、中央に付近に石を置かずにコーナーに石を置けたらどうなるでしょうか?

最初は孤立したコーナーの石ですが、やがてゲームが展開して空白のマスが埋められるに従って、コーナーに石が隣り合った瞬間に影響を及ぼすことになります。

何も無い空白のマスに石が置けたら、「自分の意思で隕石を引き寄せる」なんてこともできるかもしれません。

予言の自己成就性というのは、先に結論を述べておいて、後からその結論になるように辻褄を合わせる、という意味です。

先に未来を決めておくと、自動的にそのような未来になっていく、ということです。

リバーシでは何も無いところにいきなりポツンと石を置くのはルール違反ですが、ルールを守りつつルールを破る方法があります。

どうやるのかというと、透明なゲーム盤を使いもう一枚ゲーム盤を重ねるのです。二階建てのゲーム盤です。

透明なので真上から覗くと二つのゲーム盤はあたかも一枚のように見えるはずです。

立体的に多次元でリバーシをしたらどうなるでしょうか?

我々の住んでいる宇宙は多次元構造といわれているので、このような立体的な多次元リバーシの方が現実的です。

一階のゲーム盤の石が二階のゲーム盤の石にも影響を及ぼす、としたらどうでしょうか?

不可能と思われていた裏技ができそうではないでしょうか?

例えば、コーナーに石を置けるようになるのはゲーム後半ですが、一階のゲーム盤と二階のゲーム盤のスタート時期をずらしてしまえば、後で始めたゲームであっても既に石がコーナーにセットしてあったり、コーナーに置ける可能性があるのです。あるいはその逆もあり得るのです。

さらにリバーシのゲーム盤を縦横斜めと次元を増やして行ったらどうでしょうか?

さらに時間という次元も加えてしまえば、どこでなにが起きても全然不思議ではないのです。

どこでなにが起きても全然不思議ではないのですが、やはり確率というものがあります。

起きやすいことは起きるけれど、起きにくいことは起きにくいのです。

シュレーディンガーの猫で出てきた「重なり合わせ」を思い出して下さい。

可能性というのはミクロ的には重なり合っているけれど、マクロ的にはどちらかに確定するという不思議な現象でしたよね。

つまり、重なり合いが近い程、ミクロ的にはどっちつかずの曖昧な度合いが高いということです。可能性が分岐して枝分かれして行くと、重なり合わせも遠くなるため曖昧性がなくなり確実性が高くなるのです。

これは間違ったら確定する前であればやり直しができることに似ています。

例えば、ハズレが99個に、アタリが1個のクジがあるとします。

一度に引けるクジは1個だけだとします。

このようなクジでアタリを出すには、ハズレが出る度にハズレを確認したら戻せばいいのです。

これを繰り返していくと必ずいつかはアタリが出ます。

問題があるとしたら、アタリが出るまでの順番でしょう。

最初にアタリが出て、残りの99回がハズレであれば運が良いということになるでしょう。

ミクロ的にクジは百分の一の可能性を持っていて結果は重なり合っていますが、マクロ的に確認できるのは百分の一の一個だけという違いがあります。

ハズレが確定するというのは、ハズレを引いたままやり直さなかった時だけです。やり直さずにクジを引く環境が失われた時、ハズレが確定します。

逆にアタリが出たあとにハズレを引き直さなければアタリが確定します。

アタリが出るまでやり直せば必ずアタリが出るのは、ミクロ的には確率が重なり合っているということです。

インチキのようですが、そういうことになります。

結局、アタリが出るというのは順番でしかないので、初回にアタリが出たとしても、残りの99回は必ずハズレが出ることになります。

順番以外、確率に違いがないのです。

アタリが出たらそれをもとに戻さない限り、残りは全てハズレになるのです。

もし初回にアタリが出たら、そこでもうクジを引くのをやめてアタリを確定してしまうでしょうが、確定するということは、アタリ以外の99回を仮に引いたらハズレであることを認めることに他ならないのです。

つまり、アタリをアタリとしてせしめているのは、確率は変わらないわけですからクジを引く人のこだわりとか固執という考え方でしかないのです。

世界の仕組みは変わらないけれど、それを解釈する人間次第で見え方が異なるのです。

もうひとつ大事な点は可能性というのは重なり合わせでもあるので、それと交換可能なものであればそのようになってしまうのです。

これが非常に重要なことです。

原因と結果の関係で考えると、原因が変わらない限りは同じ結果が出続けますよね。

では、結果が先に決まっていれば原因はどうなるのでしょうか?

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