ネットで忘れられる権利は実現するか? 前編

最近話題になっていることに「ネットで忘れられる権利」というものがあります。
これが考えてみるとかなり厄介な問題です。
この先ずっとネットが存在し続けるということを考えると、孫に数十年後自分の恥ずかしいブログを見られてしまう、なんてことも起きるかもしれません。

そんな時、個人情報をネットから削除して欲しいとお願いすることは可能なのか?という話です。

2012年8月27日のニュースにこんなものがありました。

▼顧客の顔写真をグーグル検索も 英航空会社のVIPサービスに賛否

スタッフが得意客の情報を共有し、1人ひとりに合わせた対応を――。英航空大手ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)が導入したVIP向けの新サービスが、賛否両論を巻き起こしている。グーグ

これはイギリスの航空会社がVIP客向けに行なっているサービスで、搭乗者名をネットで検索し、より細やかなサービスをしよう、というものです。

例えば搭乗者がFacebookをやっていれば個人的な趣味嗜好が分かります。顔写真があれば顔も分かります。スタッフはVIP客が話しかける前に話しかけることができ、しかも会話もスムーズに運ぶことができます。

「なじみのレストランに行く感覚を、スタッフ数千人、乗客数百万人の規模で再現するのが目標だ」ということだそうです。因みに1年半の試験期間で苦情は聞いていないそうです。

一方でこんなトラブルも起きています。

▼「ツイッターで入国拒否」騒動でわかった米政府のSNS検閲

英紙「DailyMail」紙(1月30日付)などによると、1月末に米国ロサンゼルスに入国しようとした20代の英国人カップルが入国を拒否されたあげく、長時間事情聴取されて強制送還に遭

イギリス人カップルがアメリカに入国する際、長時間事情聴取されて強制送還に遭ったというものです。
理由はカップルのツイッター上での発言でした。

以下、記事を一部引用します。

米入国管理局が入国を拒否した理由はなんとツイッターでのつぶやきだった。

「アメリカを破壊してやる」

男性が出発前(時期は不明)にこうツイートしたのだ。これだけを見ると、悪ふざけをしたのだから仕方ない、思われる人もいるだろう。

しかし、「破壊する(destroy)はイギリスの若者の間で「パーティする/楽しむ」のスラングで、ツイートされた原文:「free this week for a quick gossip/prep before I go and destroy America? x」は、意訳すると「アメリカに“お楽しみ”に行く前に、今週時間あるヤツは遊ぼう」というふうになる。

男性は入国管理局側にそう説明したにもかかわらず、ツイート内容に関して執拗な取り調べを受けたという。

引用終わり

アメリカはツイッターを監視しており、「destroy America」という単語の組み合わせに反応した結果でした。
イギリス英語とアメリカ英語の違いなんでしょうが、ネットで何気なく発言したことが数ヶ月、数年経ってなにかしら影響を及ぼす、ということは実際に起きているということです。
しかも、自分の知らないところで収集され、分析されます。誤解があったとしても弁解することはほぼ不可能です。

先日放送されたNHK番組「“忘れられる権利”はネット社会を変えるか?」では、悪意を持った第三者が、Facebookやブログなどのネット上に蓄積した個人の情報をかき集め、住所や家族関係、過去の恋愛経験までを、ネット上に晒すプライバシー侵害が相次いる。その数は国内だけでも去年一年間で1万件に上る、とあります。

▼“忘れられる権利”はネット社会を変えるか?

ところで、そもそも個人情報とはなんでしょうか?
一般的に個人情報というのは個人を特定するための情報のことです。

例えば、代表的なものとして名前があります。「太郎」という名前とある人物が紐付けされていればそれは個人を特定する個人情報です。

しかし、すぐに分かるように太郎という名前はたくさんあります。名乗るだけで個人が特定できるのであれば、成りすますこともできます。複数人存在する場合は一つの名前に対して、複数人が紐付けされてしまうことになります。

これでは個人情報とは言えません。そこで、どこの太郎なのかをより詳しく見なければなりません。見るためには苗字を調べます。苗字も同じであれば、住所をみます。でも、住所も同じかもしれません。
職業や家族構成も同じかもしれません。ある情報と個人が紐付けされて重複がなくなるまで特定は進みます。

偶然というのも有り得なくはないので、最終的には指紋やDNAといった統計的に重複がほぼあり得ない情報が個人を特定する根拠となります。

通常は顔写真や免許証、住民票、誰かの証言程度で個人は特定できます。
現実社会では個人情報は個人を特定するためのものです。
しかしネット社会では、必ずしも個人情報は個人を特定するためのものではないのです。

むしろ、ネット社会では個人情報は個人を創造するものといってもよいでしょう。
「個人を創造する」というのは非常に奇妙な表現だと思われると思います。
なぜなら個人は創造するものではなく、既に存在しているからです。
今さら創造もなにもないように思われます。

ここでいう創造というのは、ホムンクルスのような人体の人工的な創造ではありません。ネット上の信用と担保のことです。
リアル社会では個人を特定しなければならない人というのは、基本的に他人です。

例えばビデオを借りる際に会員証を作りますが、借りたいという人が借りたという証拠を残しておかなければ「私は借りた覚えがない」ということになり、返却されない際にはトラブルとなる可能性があります。

他人以外は個人を特定するまでもありません。なぜかというと、個人情報は基本的に垂れ流しだからです。
生活をしていれば必ず痕跡が残り、隠しようがないからです。親がいて住む所があり、仕事もあるでしょうからわざわざ毎回「あなたは誰ですか? 証拠はありますか?」と問いかける必要はないのです。

ところがネット社会ではそうもいきません。リアル社会での「私」とネット社会での「私」というのは必ずしも一致しないのです。
どうしてかというと、ネット上を行き交うデータというのはあくまでも情報でしかないからです。

情報は中立であり、電気信号でしかないので嘘の電気信号も正しい電気信号もありません。あるのは、「嘘や正しい情報と紐付けされている」という情報の電気信号でしかないのです。
意味分かるでしょうか?

ネットは確かに人が関わっていますが、その媒介となっているデータはあくまでもデータです。
ややこしいのはデータが正しいということはやはりデータでしか伝えられない、ということです。その逆も然りです。

嘘つきのパラドクスというものがあります。
クレタ島人が「クレタ島人はすべて嘘つきである」と言ったら、そのクレタ島人の言っていることは本当か嘘か? というものです。

データが正しい、あるいは間違っている、ということをデータでしか証明できない場合、そのデータの信用の担保はやはりデータしかないので矛盾してしまいます。
子供をかばう身内のようなもので信用がないのです。

これを自己言及のパラドクスと言います。

自分が正しいことを証明するためには、必ず自分以外の証言(保証人)が必要となります。

ただし、これも完璧ではありません。自分以外の保証人が正しいかどうかに注目すると、保証人が正しいかどうかにもやはり保証人が必要であることが分かります。これを繰り返して行くと無限に信用が必要であることが分かります。

つまり、ネット社会ではその情報が正しいということを保証するものは何もない、ということです。
何もないということは任意だということです。
なぜならば、ネット社会で流れるものはあくまでもデータ(情報)であり、電気信号に良いも悪いもないからです。

乱暴な話をすれば、誰かがあなたの端末を奪い操作をすれば、それはあなたがしていなくてもあなたがしたことになる、ということです。逆にあなたがしていても、それがあなたがしているという証拠はどこにもないのです。

これは匿名か顕名かの違いではなく、情報発信をする際ネットワークとサーバを介在しているため、情報の改竄が行われていないとも限らないということです。
ほとんどそんなことはないので、任意で問題はないのですが、厳密には「ネットは個人を特定できない」のです。

「ネットは個人を特定できない」というとなんだか変な気がしますよね。
ネット犯罪ではネットで個人が特定され実際に逮捕されているからです。
逮捕の根拠とされるのはなにかというと、その多くは状況証拠と自白です。
ネットは典型的な超密室なので状況証拠を積んでいき、自白を促すしかないのです。

つまり、ネットでは個人は個人情報によって創造されるのです。
もう少し分かりやすく説明すると、例えばあなたが男性だとします。ネット上の情報発信メディアを使って、「女性」という性別情報を発信したとします。
すると、ネット上では本当は男性であるにも係わらず女性として認知されます。

どうしてかというと、性別を判定する情報はネット上にしかないからです。
性別が女性である、という自らの情報発信のみが状況証拠として採用されます。
これは情報に矛盾が生じない限り採用され続けます。

そう、ならば他の情報もどうなのか? と気になりますよね。
例えば学歴や職業、顔写真、そして好きなものや嫌いものといった個人情報は嘘であっても発信した通りに採用されるのか? これも矛盾がない限りは採用され続けます。

例えば実際にネットユーザーと会ってみて顔写真がまるで違う、というようなことが発覚しない限りは状況証拠として採用されます。

情報の非対称性が生じているのです。

これがなんとなく分かると、「ネットでは言ったもの勝ちだ」ということが分かります。なぜかというと、発信した通りに個人が創造され認められるからです。
これは状況証拠に矛盾が生じない限り採用され続けます。

しかし、矛盾が生じると悲惨なことになったりします。
例えば、ツイッターのつぶやきまとめサイトでは、20万ほど入った財布を拾ったという人が急増していることが指摘されています。多分、ツイッターでつぶやくネタがなかったので、元ネタをパクってつぶやいたのだと思います。

▼20万ほど入った財布を拾った。という人たちが急増。

日本は大層裕福でおっちょこちょいな国ですね。(別名ブロック推奨アカウントまとめともいう)

発信した通りに個人が創造される、というのは良いことだらけのような気がしますが、そうとも限りません。
欠点もあります。非常に大きな欠点です。

続く。

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