スカートレギンス男子ってなに?

先週のことだ。巷で流行っているらしいと聞いていた「スカートレギンス男子」を初めてみた。スカートレギンス男子というのは、要するにスカートを穿いて、その下にレギンスを穿いた男なんだけれど、そういえば95年頃に

「フェミ男」っていうのが流行ったんじゃないだろうか?

スカートレギンス男子

フェミ男

95年といえばウインドウズ95に沸いた年である。折りしも、今年はウインドウズ7が発売された。
「フェミ男」というのは、化粧をしてやはりスカートを穿いていて、ちょっとした女装の軽装みたいなものだったと思う。

一度だけ街で見かけたことがあったが、なんだか所在ない感じで痛々しかったのを憶えている。
当時、いしだ壱成や武田真治がフェミ男の代表格で、オカマとは異なるあくまで雰囲気が女性的という男をフェミ男と呼んだ気がする。

その年から「フェミ男」が流行るかと思いきや、流行ることはなくいつの間にやら消えて行き、そしてなかったことになってしまったと思う。
ただし、「フェミ男」はヴィジュアル系バンドに吸収され、IZAMといったヴィジュアル的に中性の男性が活躍することになる。

しかし、ヴィジュアル系バンドは、当初は奇抜なファッションセンスが取り沙汰されたものの、徐々に地味になっていき解散が相次いだ。継続して活動していても、いつの間にやらなかったことになっていた。
「スカートレギンス男子」も同じ道を辿るのだろうか?

後に「フェミ男」はメディア操作によって生まれた、ということを知ったが、それなら納得が行く。なぜなら、気味が悪いからだ。
自然発生的に女性らしさを取り入れた男性が登場した、というよりも、メディア操作によって触発、洗脳、開発された、というのなら合点がいく。

楽天ではメンズブラに続いて、スカートやワンピース、ガードルまでもが男性市場に投入された。
アイテム数が増えているということは、市場が広がっているのかもしれない。
少なからず潜在的に女性性を持つ男性が存在していたのだが、顕在化していなかっただけなのかもしれない。

ところで、哺乳類のオスは平和になるとメス化するらしい、というの聞いたことがある。オスはメスから派生した性だから、オス化というのは本来は、維持するのにコストが掛かるのかもしれない。

だから、ほうっておくと男性らしさを節約してしまうのかもしれない。

この話が本当ならば、平和な時代が続くと、男はみんなメス化して、交尾が行われなくなるかもしれない。
草食系男子が話題になったのもそのせいだろうか?

しかしながら、解せないことがある。
平和な時代が続くとオス化がメス化するのはいいとして、メスがオス化する「肉食系女子」というのはなんなのだろうか? 理由が分からない。
男がリアルな女性に興味を持たなくなったかわりに、草食系を狩る勢いで肉食化しているのだろうか?

むしろ、メスはメス同士のほうが交尾はないにしろ、都合がいいような気がする。
いつだって男は汚くてむさ苦しい存在なのだから。

で、考えた結果、これは一種の「擬態(ぎたい)」であるという仮説を思いついた。
擬態というのは、昆虫なんかが捕食者に対して身を守るために自身をカムフラージュする手段であり、蛾の紋様が猛禽類の顔を模していたり、みのむしが木の枝を模していたりすることで知られている。

つまり、「スカートレギンス男子」も「フェミ男」も「草食系男子」もある種の擬態と考えると合点が行く。コスプレなんである。

男性性を敢えて捨てることで、社会的に優位に立つことができるという擬態である。
女性性も肉食化というか欧米化することで、社会的に優位に立つことができるという擬態をしているのではないか? と考えると納得できる。

では、男子が女子に擬態し、女子が男子に擬態することでどのようなメリットがあるのだろうか?
社会というのは、労働的には男子優位で、性差的には女子優位である。

つまり、男子が女子に擬態すると、労働的特権を得ながら、実働を回避でき、女子が男子に擬態すると、性差的には女子優遇の特権を保ちながら社会進出が可能になるわけだ。

○○男子や○○女子が流行る背景には、○○擬態と仮定すると理解しやすいかもしれない。 擬態することで、本当はそうではないけれど、そのように振舞うことで、それと同等の効能を発揮する。

○○化という属性付けとカテゴリ分けを自らすることで、正当な対価を支払うことなく即日変態することができるのだ。
このようなアビリティやステータスを自由に変えることができるのは、非常にゲーム的だよね。

ネイティブゲーム世代(生まれたときから高機能ゲームに触れる機会がある世代)が大人になった、ということなのかな。
降って湧いたような話だけれど、ゲームの中の主人公はいつだって降って湧いたような話に巻き込まれちゃうんだよね。

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