シーソーゲーム、ゼロサムゲームではない主戦場を探す

誰かが儲ければ誰かが損をするようなゲームをゼロサムゲームとかシーソーゲームと呼ぶ。
誰かの売上は誰かの損失によって成立しているとも言える。
金本位制度を根拠とする貨幣経済では、基本的にはゼロサム(足してゼロになる)だと言われている。

しかしながら、論理的にはゼロサムでも経済には速度がある。ムラがあるんだよね。
だから、上流から下流にお金が流れる時には、例えば「今年度の予算」のように次に予算が注入されるのは来年度だったりする。一方で、末端の経済活動は日々の食費や日用品やら嗜好品を買うことでめまぐるしく行われている。

これらを繰り返していくと、基本的にはゼロサムとは言え、富める者と貧する者に分かれていく。
同じにようにビジスネモデルにもゼロサムゲーム的なものと、そうではないものとがある。
狙うべきはシーソーゲーム、ゼロサムゲームではない主戦場を探すことだ。

例えば、広告は経済の上流にいきなり旗を立てることができ、1対多の経済効果がある。
ということは、広告を広告で売るとどうなるかというと、1対多対多と入れ子になり、シーソーゲーム、ゼロサムゲームを抜け出すことができてしまうんだよね。

これが例えば物質系のアトム経済だとどうなるかというと、例えば同じ電化製品を広告で売るとしよう。
同じ品質であれば価格が安い場所に人は集まる。ネットでは検索すれば情報がすぐに出てきて、ほぼゼロ距離だから当然のことながら最安値で売るショップに人は集中することになる。安値に一極集中する。これを一物一価の法則と呼ぶ。
そして、誰かが儲ければ誰かが損をすることになる。誰でも商品を仕入れて真似できるのならなおさらだ。対抗するには価格を下げるしかない。逆オークションである。
このような淘汰圧が働いた結果、やがて商品価格はゼロ円に近くなる。フリー経済の誕生である。

フリー経済での儲けの種はユーザーの個人情報で、無料のものを売りつつ、その実、ユーザーの個人情報を集めるのが目的だ。個人情報に広告を投げれば売れる。
ということは、広告を使って広告収入を得るアド・イン・アドがネットではライバルを気にせずもっとも儲かる手法だということになる。
なぜなら、(広告で)売れる前に儲かっているからだ。

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