シンギュラリティと大失業時代 その2 将来、失業の波が押し寄せる?

失業について注意しなければならないのは、どの時点で職を失うかです。
20代の失業と50代の失業とでは意味が全く異なります。
後者の方が再就職は難しく、生活に支障を来すのは言うまでもありません。
もちろん60代での失業はなおさらです。

収入については、若い時にたくさんもらうよりも、老年になっても一律定額でもらえたほうがリスクは少ないのです。
家族がいる、責任がある、家のローンが残っているという状態での失業は、非常に危険です。

なにが言いたいかというと、グローバル化が進んだ現代では、生涯年収の多さよりも平均年収と雇用持続性の方が重要になってきます。
直感に反すると思いますが、収入が低くても、長く続けられる仕事の方がマシだということです。

月収60万円よりも確実に毎月15万円もらえる方がリスクは少ないと思える日が来るかもしれません。
10年後、20年後、無傷でいられるのなら別ですが。

現在仕事における報酬というのは、能力と時間の換金です。
経営者が自分一人でするよりも人を雇ってやらせた方が速いし儲かる、ということで雇用が生まれています。
逆に言えば、同等以上の能力を持つ人や機械が現れれば、それに置き換わり雇用は消滅することを意味しています。

自分の雇用または、収入がどのくらいの耐久性があるのかは、その仕事の交換可能性に関わってきます。
誰にでもできる仕事であればあるほど、安くやりたいと手をあげる労働者または、機械などに置き換わりやすくなります。

要するに今仕事があるのは、他者と違う優れた能力があるか、能力が同じであれば安く請け負うことで成立している、ということです。
資格を取得したり、経験を積むことで能力面での差異が広がり、収入が多くなっていきます。
なので、企業にとって新卒者は伸び率が高いことが予想されるので費用対効果が高く、安く買い叩ける人材なのです。

仕事に求められる能力は年々上昇しています。
これは有名大学の生徒が中々内定をもらえず、正社員になれないことからも分かると思います。
競争が激化すると、社員一人あたりに求められる稼ぎは多くなります。
支払う給料よりも稼ぎが多くなければ雇っている意味がありません。

グローバル化によって新興国と賃金面で競争が激化すると、当然のことながら社員一人あたりに求められる稼ぎは増大していきます。
稼がなければいけない額が増えるということは、それだけ能力的に他者よりも優れていなければならない、ということでもあります。

ところが、人間一人が維持できる能力と成長には限界があります。
とんでもない天才がいる一方で、年齢的に能力が停滞または低下していく人が大勢います。

例えば、がむしゃらに働いていても、家族ができたり、子供が生まれることで、ライフスタイルの変化が起きることがあります。大抵の人は働き盛りの中でこのライフスタイルの変化が訪れます。

単純な足し算と引き算で考えれば、ライフスタイルがどうあれ能力が停滞または低下した社員は支払う給料を上回る稼ぎを生み出せないため、リストラ対象になりやすくなります。

残業ができない、育児休暇をとらなれければならない、転勤に応じられない、部下をうまく育てられないといった理由で、労働環境は悪化します。
競争が激化すると、ブラック消費者が多くなり、それに対応するために企業はブラック化していくことになります。

自分の成長余白と生活費がクロスオーバーした時、失業の危機は訪れます。
卵を産まなくなった鶏の扱いがどうなるか世界一の経済を誇るアメリカを見れば分かります。

続く。

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