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長岡式:081【ドラゴンボールごっこはやめる】

ドラゴンボールというアニメには、次々と強敵が現れる。
その強さに限りは無い。
理由は主人公があまりにも、強く成長するからだ。
あなたが無駄に強くなりすぎると、ハードルもあなたに合わせて高くなるので、
要注意だ。

強くなるということは、ある何かに対する弱点を克服することだよね。
例えば、ジャンケンというゲームはグー、チョキ、パーのいずれかの手を出して勝敗を決めるよね。

グーはチョキに対して強いので優位と言う。
逆にチョキはグーには弱いので劣位と言う。

ジャンケンではルールは絶対なので、チョキが筋トレをしたからといってグーに勝てるわけではない。
絶対なのだ。これを絶対優位性と呼ぶ。

つまり、チョキにとっての弱点はグーという手であるわけだから、弱点を克服するということは、チョキからパーに転じること(克服)しかない。パーはグーに対して絶対優位なのだ。

ところが、パーはグーには強いが、チョキには弱いんだよね。
だからパーばかり出していると、相手はチョキを出してくる。
そして、チョキに勝つにはグーしかない。グーに勝つにはパーを出すことで、パーに勝つにはチョキを出すしかない。
おやっ? 堂々巡りの末に元の手に戻ってきてしまった。

強さというのはジャンケンに似ている。
なぜなら、強さというのはあくまでも比較優位だからだ。
比較優位というのは対象と成りえるものと比較するという前提だ。

例えば、人とライオンとではどちらかが強いか? という問いには大抵の人はライオンと答えるだろう。
しかし、人の運の強さとライオンの運の強さとではどちらが強いか? という問いには中々明快な答えは出せない。

どうしてかというと、比較の対象としては不適切だからだよね?
このように比較優位は比較できる土俵が無いと無理だと言える。
ここがポイントだ。

ジャンケンでグー・チョキ・パーがそれぞれ勝敗の相関関係にあるのはルールという土俵があってのことだ。
だから、相手がグーを出したのに、自分が中指を立てたところで比較ができないので勝負にはならない。
相手よりも強くなるには、グーに対してパーを出すしかないわけだ。

つまり、強さとは何かを犠牲にして、弱点を克服することだと言える。
言ってみれば、強くなるということは弱点を質入れして強さを借り入れるようなものだ。

だから、いずれ利子をつけて返さなければならない。
また、全てに対してオールマイティに強くなることは出来ない。
なぜなら、そのような強さは相手との土俵が合わず勝負にならないからだ。

例えば、トランプのポーカーゲームで、5枚のカードが最初からジョーカー5枚の相手とは誰もプレイしたくないはずだ。オリンピックで女子100メートル走で男子は出場することはできない。
意味分かるかな?

話がややこしくて分からないという人は、簡単に理解してもらうためにドラゴンボールという漫画を想像してみればいい。ドラゴンボールでは次々と強敵が現れる。
少年誌で初めてライバルの強さを数値化したのがドラゴンボールの斬新なところだ。

強いライバルが現れると主人公は修行を積んで強くなる。
強くなるとライバルもやはり修行をして強くなっていく。
主人公は主人公故に、最も強くなければならない。

しかし、主人公が最強になった時点で娯楽漫画としての体裁は破綻してしまう。
そこで、新たに主人公よりも強いライバルを登場させなければならない。
ドラゴンボールの後半はこの繰り返しだ。
世界滅亡の危機に何度も瀕している。

コメント

  1. 2018/04/10(火) 07:20:09
    じゃん拳のチョキのポーズを時折やってたんだ 特にみねいくんが………あれかわいいな 何だったんだろ (ドラゴンボールの悟空の初期にやってた技…目つくやつ)

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